Fukushima50
リーダーが暴走すると、原発より怖いなと思いました。
リーダーや上層部の暴走は、現場の力に支えられて守られているなと感じます。
また、何でもテクノロジーで補おうとする考えは、自然を甘く見過ぎた現代人への警告でもあるなと言う見方もできます。
ただ、いつの時代も無責任なリーダーに現場が振り回されるのは変わらないなと感じます。
現場経験も使命感も覚悟もない、お坊ちゃんエリートや世襲議員には命を預けられないし、預かって欲しくないです。
大半は真面目に働いている国民や企業が今の日本です。そんな国にはしてほしくないです。
もっと庶民は賢くならないと誤った方向へ連れて行かれて取り返しがつかなくなるので良く情報収集して正しい判断が必要です。
また、個人も流されないように正しい情報を元にした分析が重要です。
腹を括るしかない時も人生にはありますが、やはり意味のある人生を送りたいと思います。
泣いても笑っても一度きりの人生なので世の中の為になることをしたいと思います。
長々と書きましたが、見ると色々考えさせられるのでお勧めできます。
監督若松節朗
あの日、原発内に残り戦い続けた50人の作業員たちを、世界は“Fukushima 50(フクシマフィフティ)”と呼んだ。2011年3月11日午後2時46分。マグニチュード9.0、最大震度7という日本の観測史上最大の東日本大震災が発生した。太平洋から到達した想定外の大津波は福島第一原発(イチエフ)を襲う。内部に残り戦い続けたのは地元出身の作業員たち。外部と遮断されたイチエフ内では制御不能となった原発の暴走を止めるため、いまだ人類が経験したことのない世界初となる作戦が準備されていた。それは人の手でやるしかない命がけの作業。同じころ、官邸内では東日本壊滅のシミュレーションが行われていた。原発内で戦い続けた50人の作業員たち。本当は何が起きていたのか?何が真実か?
(C)2020『Fukushima 50』製作委員会
永遠の0
自分が生きる意味は何なのかを探る物語です。
時代は太平洋戦争末期と現代の2つの時代構成になっています。
主人公は2人います。1人は太平洋戦争の戦闘機エースパイロットである宮部久蔵(岡田准一)と、もう1人は現代社会を生きる司法浪人生(無職)の佐伯健太郎(三浦春馬)です。
激動の時代でも希望を見出そうと必死に生きようとした祖父と、恵まれて何不自由ない暮らしの中で希望を見出せず現代を生きる孫の対比が時代を象徴しています。
時代を超えても守るべきものは何なのか、生きるとは何か考えさせられます。
価値観が多様化した現代では、ステレオタイプな価値観は受け入れられないかもしれませんが、自分以外の誰かの為に本気で考えたときに人は本当の意味で幸せと強さを持てるのかもしれないと思います。
特にラストの単身で敵艦めがけてゼロ戦で特攻していく戦闘シーンはジーンと来ます。
太平洋戦争末期。勝利目前のアメリカを大混乱に陥れた、一機の戦闘機。「悪魔」と呼ばれたゼロ戦は、米軍最強の空母艦隊による一斉射撃・百万の銃弾をくぐり抜け、包囲網を突破したのだ。その「悪魔」を操るパイロットは、宮部久蔵。天才的な操縦技術を持ちながら、生還することにのみ執着し、「臆病者」と蔑まれた男だった…。そして時は2004年、現代。進路に迷う佐伯健太郎は、祖母・松乃の葬儀の日に驚くべき事実を知らされる。本当の祖父の名は、宮部久蔵。太平洋戦争で零戦パイロットとして戦い、終戦直前に特攻出撃により帰らぬ人となっていた。「家族のもとへ、必ず還ってくる」…それは宮部が妻・松乃と娘・清子に誓った、たったひとつの約束だった。そんな男がなぜ特攻を選んだのか。宮部が命がけで遺したメッセージとは何か。そして現代に生きる健太郎は、その思いを受け取ることができるのか。
(C)2013「永遠の0」製作委員会




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